ーラビダンジョン入り口前・夜明けー
一方、竜義は一歩も動かないでアルファルクと睨み合っていた。
相手が怖いからだという簡単な理由ではない。
ちょっと動いただけでも、ほんの少しの隙を突かれるような気がしたからだ。
それほどアルファルクから感じる威圧感は、強い。
アルファルク「どうした、いつまでもこのままでいる気か?」
アルファルクは竜義と戦うことを楽しみにしているようだ。
竜義「あいにく、そのような下手な挑発にのるタイプでは無いんでな。」
とは言っても、止まり続けているわけにはいかない。
こうしている間にもチェリークはもう一人の魔族、エアウォークと戦っているのだ。
しかも日は出ていないが、いつの間にか夜が明け始めている。
部外者が来る前に早く終わらせたいところだ。
竜義は深呼吸をして、息を整える。
それを見てアルファルクは竜義に向かって横から剣を振った。
竜義は後方に跳躍して攻撃を避けたあと、一気にアルファルクとの距離を縮めた。
剣を振りかざし、アルファルクに斬りかかろうとするが、あと少しのところでよけられてしまった。
一瞬のことだったので動作が止まらず、竜義の剣は勢いよく地面に振り下ろされた。
余程の力だったのか、地面の土が砂埃となって彼らの周囲を立ち込める。
視界が閉ざされたのはたったの数秒だ。
だがそれは、相手に一回でも攻撃できる絶好のチャンスでもあった。
アルファルク「隙あり!」
嬉々とした声と共に背後から剣が突き出される。
竜義はそれを自分の剣でなんとか受け止めた。
あまりにも強い力で押されて、竜義の足が少し後ろにずれる。
その状態が長い間続いた。気がつけばすでに辺りが明るくなっている。
視界には、チェリークがアイスボルトを放っている姿が見えた。
竜義「(何だ、あの氷の塊は!?)」
まだ魔法が使えない竜義にとっては、初めて見るものだった。
竜義「(この戦いが終わった後、詳しく聞いてみるか・・・。)」
アルファルク「余所見をしている暇は無いぞ。」
アルファルクは剣を竜義から離すと、剣を水平ににしてそれを回転させるように振る。
接近攻撃系スキルの一つ、「ウィンドミル」スキルを発動させたようだ。
スキル準備が速かったとはいえ、竜義にはディフェンススキルを発動させる時間は十分にあった。
これでアルファルクの剣を止められるはずだった。
しかし彼の剣が竜義の剣に届く前に、『強い衝撃』が少年を襲った。
その衝撃は竜義の手元に当たった。

竜義「!?」
突然手首に軽い痛みを感じた。手首からは、一筋の血が流れている。
手元に気をとられていた竜義は、アルファルクの剣を横から受けてしまった。
幸い重鎧を着ていたお蔭で打撲のみで済んだが、痛みが強いことに変わりは無い。
思わずよろめく。
そのとき、チェリークの悲鳴のような声と剣が落ちる音が聞こえた。
視界の隅から、チェリークがエアウォークのファイアボルトを受けて倒れるところが見えた。
竜義「・・・・・チェリーク!」
反射的にチェリークを助けに行こうとして、目の前の敵を見ずに動いたのが少年の大きな失態だった。
右の脇腹に激痛が走る。
地面に『大量の血』が流れ落ちる。
突然眩暈がして、視界が暗くなる。
何が何だか分からないまま、竜義は意識を失ってしまった。
アルファルクは少年の脇腹から『血のついた剣』を抜く。
そのまま竜義の体が倒れるが、そのまま動くことは無かった。
エアウォーク「どうする?とどめを刺すか、このまま連れて行くか・・・。」
倒れている二人の戦士を見ながら、エアウォークは相方に問う。
アルファルク「殺す。」
アルファルクは大量の血を流して倒れている少年を見て言った。
エアウォーク「そう、分かったわ。」
そう言ってチェリークの方を見ると、少女は彼らを鋭い視線で見つめていた。
動けるはずがない。なのにチェリークの目から、竜義には絶対に触れさせないという意志がはっきりと感じられた。
エアウォーク「諦めなさい。もうあんたでは守れないわよ。」
嘲け笑っているエアウォークの後ろでアルファルクは竜義に手を伸ばしかけた。
ところがアルファルクの手が触れる前に、突然竜義の体から微量の『光』が発生していた。
エアウォーク「な、何・・・?」
驚くエアウォークに向かって、アルファルクは呟いた。
アルファルク「まずいな・・・。『覚醒』の予感がする。」
何かしらの危険を感じたのか、アルファルクはすぐさま竜義から離れた。
エアウォーク「まさか・・・!目覚めたばかりだと言うのに、ありえないわ・・・。」
アルファルク「可能性はある。」
彼には確信があるようだった。
エアウォーク「でもあれは、『女神の祝福』が必要なはず。まだあの子には無理じゃない?」
アルファルクは首を横に振った。
アルファルク「あの娘が怪しい・・・。もしかしたら、あいつが出来るのかもしれない。」
チェリークを見た限り、ただの普通の少女にしかエアウォークは見えなかった。
だが、もし本当にそうだとしたら・・・。
エアウォーク「なるほど〜。油断は禁物ってことかしら?」
アルファルク「そうだ。そろそろ人間共が来るかもしれないし、ここは撤退だな。」
エアウォークは頷いてから何かの魔法を唱えた。
アルファルク「運が良かったな、救世主。」
詠唱が終わると魔族の二人の姿は、まるで霧が拡散したかのように・・・消えた。
未だ意識が残っていたチェリークはなんとか立ち上がり、ビオの元に歩く。
チェリーク「ビオ・・・返事は、出来る?」
ビオ「う、うん・・・。でも、私のことより・・・竜義を・・・。」
ビオも空中に浮かぶことは出来たが、よろよろとしている。
チェリーク「竜義さん・・・!」
今度はふらつきながらも、チェリークは竜義の元に駆け寄った。
ビオ「やっばいよ〜、早く治療しないと・・・。」
チェリークは回復魔法「ヒーリング」を唱えた。
少女の周りに、温かい光の球体が5つ浮かぶ。
その光を竜義に全てかけるが・・・、
チェリーク「嘘・・・。」
なんと、瀕死状態である竜義の深い傷がほとんど癒えてないのだ。
ビオ「チェリークのヒーリングの回復力は、強大なのに・・・。」
実はチェリークは全体的な力は救世主達よりも劣るが、回復の力だけは一番高いのだ。
チェリーク「もしかして、力が足りないから・・・?」
よく見るとチェリークも相当の傷を負っていた。いつも通りの力が出せなくて当然だ。
ビオ「ごめん、チェリーク・・・。我も、『力を貸したい』けど・・・。」
そしてビオも見た目では良く分からないが、かなり体力を消耗している。
チェリーク「そんな・・・。」
チェリークはその場に膝をつく。
彼女を知る者なら、とても信じられない光景だろう。
チェリークの瞳から、いく筋もの涙が流れていたのだ。
チェリーク「どうして、私はいつも・・・・何も出来ないの・・・?
もう二度と、誰も・・・『私のせいで傷つける』ことはしないと誓ったのに・・・。
これでは、他の救世主も守れない・・・・。あの人達だって、守りたいのに・・・。
もっと、私の力が強ければ・・・・こんなことにはならなかった・・・・・・。
どうして、どうして私だけ『不十分な力』しか無いの・・・?
こんなの・・・ないです・・・・・。」
チェリークは、ただ己の無欲さに泣いた。
ビオ「チェリーク・・・。」
ビオの言葉に少女は答えない。
チェリークは竜義を抱き起こし、再びヒーリング魔法を詠唱し始めた。
チェリーク「せめて、傷口を塞ぐことくらいは・・・。」
何度も光の球体を出現させ、竜義にひたすらかけ続ける。
辺りには、一人の少女がヒーリングを唱える音だけが響いていた・・・。